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  • 2009.07.18 Saturday
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一定期間更新がないため広告を表示しています


アクセスアップ方法 零細企業編

前回は個人レベルでのアクセスアップでしたが、従業員7,8人レベルのHP制作やそれによる広告収入を得ている会社はどんな方法でアクセスアップを図っているか?

オリジナルである程度充実したコンテンツのホームページを作るには時間がかかります。またそのようなホームページは個人のみでは出来る数に限界がどうしてもあります。

オイラの知っている会社ではこんな方法でアクセスアップをしています。


まず、広告収入を得るためのサイトを4,5つ程作ります。
これには多少手間隙をかけてきっちり作りこみます。
当然ながら、SEOを意識して作り、また掲示板などにも大量に書き込みをします。

しかしこれだけでは当然、月に何百万も稼げません。
柱となるサイトへさらにアクセスを集めるために、従業員一人一人に1日10サイトを作るノルマを与えます。
10サイトといっても、薄っぺらく内容もほとんどないサイトです。
従業員5,6人で1日10サイト、月にすると1000サイトを越えます。わーい

その千を越えるサイトが柱となるサイトへ誘導するサイトで、そんなにアクセスのないサイトでも、これだけサイトがあればかなりアクセスは集まってきます。
しかも、それら千をこえるサイトを掲示板などに一括して登録や更新できるようにするために、PHPCGIを使います。
千を越えるサイトだと、掲示板に登録するだけでも時間がかかりますが、一度登録さえしてしまえば、PHP、CGIで一括して次回から更新できます。

個人レベルでも気合の入っている人なら、出来るかも知れませんが、普通はちょっと無理でしょう・・







天災が起こったときはどうなるか(食品会社) その3

震災の次の日も出勤ではあったものの、当然ながらいつもどおりではありません。
(前回のエントリ参照)

1時ごろに荷物が到着し、積み込みを終え、二人で出発することになりました。
ちなみに普段は一人です。


神戸の営業所から、押部谷、月が丘を経て、三木市の大型店舗に向かうものの・・・・、大渋滞。。途中オシッコがしたくて溜まりませんでしたが、顔を蒼くしながら我慢、我慢。

普段なら30分程度でいけるところですが、到着まで2時間近くかかりました。

到着するとすでにお客さんで溢れかえっていて、お店の担当者も普段は商品の数や袋の破れ等の点検のため、検品をするものの、すでに商品陳列棚付近にお客さんが詰め寄せている状態だったから、持ってきた商品をそのまま陳列棚へ。。

ドッとお客さんの手が伸び、見る見るうちに並べた商品が無くなって行きます。


担当者より『もう商品ないの?』と尋ねられるものの、元々到着している商品が普段の数分の1程度で、また他のお店にも配達が残っていたから、『すんません。地震の影響もあって・・(中略)』と断りを入れて、次のお店へ。。

このとき都合4店舗程しか配達できませんでしたが、どのお店もそんな状態で、帰ってからも配達に行けなかったお店からの電話対応に追われ冷や汗

そんな日が2日ほど続き、オイラの定休日が来て、やっと休めると思ったものの、疲れで風邪をひいてしまい、寝込んでしまいました。撃沈


現在、新潟ではどのような状況か細かくは報道でも分かりませんが、被災者以外の近隣の人達もしんどいだろうなぁというのは想像つきます。






天災が起こったときはどうなるか(食品会社) その2

(つづき)

帰社してから詳しい状況が段々と分かってきて、営業所内でも騒然とした感じになっていました。神戸市内を回っている一人が地震に巻き込まれて、怪我はなかったものの、帰ることが出来なかった人もいました。


営業所に帰ってから、通常なら次の日以降の注文をとったりするのですが、電話がなかなか通じません。ムニョムニョ
こちらからは電話がかからないのに、取引店からは電話がかかるということもあって、そんなときは嫌な担当者の場合
『こっちからかかるのに、そっちからかけられんなんてあり得んやろ!』
みたいなことも言われ、[:がく〜:]散々でした・・・。


なんとかオイラの業務が終わり、寮に戻ってみると、ガスが止まり断水しているからお風呂にも入れず、銭湯にいこうにも、そちらも休業・・・。

『これは大変やぞ・・・』


時間が経つにつれ、報道でも被害状況が詳しくされていって、次の日はどうなるのかなと思っていました。
そのことが気になったので、何人かに聞いてみると、荷物が営業所に届くかどうかまだ分からない状況とのこと。



次の日。。

一応、早めに起床したものの、案の定荷物はまだ届かずの状態。
どうも、大阪の工場の一部が地震で損害を受けたことや、道路が寸断されているということもあり、何時に荷物が届くか分からないものの、一応向かっているとのことだった。

とりあえず待機です。

通常なら、大阪からの荷物は午前1時ごろには到着してなければならないのだが、すでに朝の6時を回っていた。


このまま休みにならないかなぁ・・と淡い期待はしていたものの、お昼1時ごろには到着できると連絡が入った。

しんどいなぁ・・・と思っていると、ようやく荷物が到着。
でも完全に注文通りには到着しなかった。

とりあえず簡単な仕分けをして、近辺の大型店のみ回ることになった。
いつもは一人だが、同僚とチームを組んで、いざ配達に!


(つづく)

天災が起こったときはどうなるか(食品会社) その1

7月16日『平成19年新潟県中越沖地震 』が起こった。
阪神淡路大震災に匹敵するぐらいの地震であったようだ。
被害にあわれた方は当然、その日からたいへんな日が続きます。

また被災しなかった人達もその周辺に住んでいる人なら、少なくとも数日間はたいへんな日が続きます。


1995年(平成7年)1月17日(火)午前5時46分に起こった阪神淡路大震災はオイラがちょうど、食品会社にて配達勤務をしていたときに起こったので、そのときの事を書きます。

当時オイラは兵庫県の中部のお店を担当していました。小野市や香寺町、福崎町などです。3時ごろに出勤し、特に変わったこともなく荷物を積み込み、出発。
AMラジオを聴きながら運転をしていて、確か小野市あたりを運転しているときに、なにかにタイヤをとられたような感じがしました。

『凍結でタイヤがスリップでもしたかな?』と思っていると、急にラジオが聞こえなくなり、故障でもしたかなと思っていると突如ラジオが流れ始め、そのラジオ番組の司会をしていた納崎まゆみさん(字は違うかも・・今でも名前覚えてます・・)が『ただいま大きな地震が・・・』とかなり緊迫した様子でアナウンスをはじめました。

配達している途中、お店の中に商品を降ろしにいくと、中の商品が倒れたせいか、ジュースの匂いやお酒の匂いが充満していました。

午前7時ごろを超えてくると、ラジオからは被害がかなりひどかったことが伝えられるようになっていたものの、オイラは小野市よりもさらに北の神崎町や和田山の方に向かっていたから、あまり大きな地震が起こったという実感はこのときありませんでした。


というのは阪神淡路大震災は神戸市から西宮といった海岸線沿いと宝塚の一部が一番被害を被りましたが、北部の方は揺れはひどかったものの、被害はほとんどありませんでした。

お昼をすぎて配達が終わり、神戸にある営業所へ戻ろうとしたときに『これはただ事ではないなぁ』ということに気がつきました。
またこの時間ぐらいから、詳しく被害状況なども放送されました。

神戸の営業所へ早く戻ろうとしましたが、道が渋滞しはじめ、いつもより遅くなったものの、なんとか無事帰社。


地震の当日は大丈夫でしたが、次の日からは滅茶苦茶たいへんでした・・。唖然

(続きは後日・・)

食品会社の営業の仕事(正社員のときの話)その2

食品の配達の仕事をはじめてから、寝不足が続きました。。
撃沈

一応3時には出勤する必要があるので、2時半には起床。
睡眠をちゃんととるには8時ごろには寝たいところだけど、なかなか最初の頃は寝付けませんでした・・。
この仕事をしている人には多いと思いますが、たいてい睡眠時間は4,5時間程度です。

そしてこの荷物運びの仕事で多くの人は腰痛に悩まされます。唖然
最初の頃はなんとか大丈夫でしたが、オイラの場合荷物運びでなったのではなく、雪国の方に転勤になったとき、大雪に見舞われて、そのときオイラの前に走っていた車が、雪にはまってしまい、通れなくなったので、その運転手といっしょに車をおしたときに、腰に『グキ』っときて、そのときはなんともなかったものの、そのとき以来、ずっと腰に違和感を感じるようになりました・・・。
にぶい痛みで、荷物を運ぶ度にいや〜な痛み。


そして運送の仕事でもう一つ悩まされるのが、交通事故です。
オイラの場合は人身事故はありませんでしたが、後輩の一人が相手を下半身不随の重症をおわせてしまい、うろ覚えですが、2年近くお見舞いにいっていました。
ただお金の問題は会社の保険でかなりまかなわれたようです。

これから運送業に携わる方がいるようでした、気をつけてくださいね。



食品会社の営業の仕事(正社員のときの話)

以前のエントリで食品会社に入社したときの話をしましたが、そのときの仕事のお話です。

入社式が終わり、最初は同期のヤツ同士で同じ寮で生活をしていましたが、いよいよ配属が決定するときが来ました。
すでに2,3週間程たっていましたから、それなりみんな仲良くなっていて、出来るだけ同じところに配属されたいなぁと思っていましたが、無常にも少し遠方に配属となりました・・・。しかもそんなに仲良くなかったヤツと・・・悲しい

ある同期のヤツはとんでもなく遠方に配属されて、後々退社したと聞かされました。。
仲良しクラブではないから仕方ないとはいうものの、切ないですね。。

かなり配属まで憂鬱でしたが、いよいよ引越しです。


新興住宅地と聞かされていたのですが、以前までずっと下町で少し古い家と家が密集している場所に住んでいたから、最初その町並みを見たときはビックリしました。
近代的というか・・・・。
整然と並んでいる住宅地の中に8階建ての寮マンションがありました。
なかなかお洒落な感じです。
さすがにバストイレは共同でしたが、申し分ないものでした。

マンションの前には大きな公園があり、夕暮れになるとその公園の周囲でジョギングする人なんかもいたりします。


気の合うヤツとココに配属されていれば、本当によかったのですが・・・。


いよいよ出勤当日、どんな仕事をするのかと少しワクワクしていて、各お店などに営業して回るのかと思っていました。

ところが、2トントラックに乗っての配達作業でしたポロリ
もう少し仕事の内容をいうと、朝3時ごろから荷物をトラックに積み込んで、それを指定の時間までに配達しおえてから、注文をとって帰社。
会社ではそれらの注文をまとめて、事務員さんに渡して作業終了ということになります。

これが営業か・・・。

後日先輩社員にその会社のことについて聞いてみると、まず営業希望の場合は配達作業を平均3年〜5年やってから、各お店の商談業務、若しくは本社で営業や企画などなどのいわゆるホワイトカラーの仕事が出来るとのことでした・・・


『まぁ・・そんなもんかぁ』


ただ、この配達作業は朝3時からなので、早朝手当てや残業手当がつく。でもお昼の仕事(ホワイトカラー)はそれがないから、給料が若干減るので、慣れてくると逆にお昼の仕事はしたくなくなるとのこと。。。


長くなってしまったので、また後日でもエントリします。


正社員だった頃のお話〜入社するまで

現在はちょっと事情があって、色々な仕事(アルバイトや派遣等)をしているものの、十数年前は正社員をしていた。
大学を卒業してなんとか第一希望ではなかったものの、食品関係のちょっと大手の会社に就職をしたのだ。CMも出していたりする。

そのときその会社は結構、新卒のものを採用してだいたい500名近くいただろうか。
入社式がその会社の本社で行われた。

そのときちょっとしたエピソードがある。

正直、出世ってそんなものかなぁというエピソードです。
入社式が終わり、オイラと同じ部署の仲間だいたい男女あわせて12,3人ぐらいいて、
世間話をしていました。
そんなとき、その部署のこれから上司になる○○部長さんが、仲間の二人をよび出して、奥の方にいったのです。
最初はなんなのかな?と不思議にオイラ達は思っていました。

だいたい15分か20分ぐらいたって戻ってきて、『なんの話やったん?』
と聞いてみると、素直に答えない・・・・。
結構そのとき仲良くなったヤツ(といっても2浪して二つ年上だった)だったから、なんか変な距離感を感じてしまいました。。
もう一度あとで同じ質問をしてみると、渋々ながら話しをしてくれました。
『実は○○部長は俺と同じ関○大学らしく、それなりに仕事をしてくれれば、昇進は約束すると言われた』
そんな内容の話だったそうです。

10数年たった今になって思うとそんな口約束は、どこまで通用するものかかなり疑わしいものと思えるけど、当時それを聞かされたときはちょっとショックでした。悲しい
一応新入社員として頑張って働いて昇進できるよう頑張ろうと青臭いことを本気で思っていたしね・・・冷や汗

会社によるのかも知れないけど、今でも学歴で決まる古い体質の会社ってあるのかなぁ?


普通の?派遣の仕事

派遣会社にも色々あるのだろう。調査したことはないのでよく分からないけど、夜中ではあったものの事務の仕事を紹介されて勤務していた時期がある。
もちろん以前エントリした○リスタルではありません楽しい

その求人は某有名な求人誌に掲載されていたもので、確か『スタッフバンク』というところ。
仕事内容などをもう少し詳しくいうと、大手運送会社の事務センターでの仕事で、夜12時から朝8時までの勤務が基本でその時間を越えての勤務の場合、若干ながら残業手当も支給される。主に伝票の内容をパソコン入力していく作業で、その職場には夜中という時間であっても、女の子もいた。他の派遣会社からのバイトさんも混じっていて、おおよそ5,60人はいたと思う。

このとき本格的?な事務仕事をしましたが、事務の仕事も結構キツイものだと実感した。
唖然それでもソツなく仕事をこなせたこともあって、時給もそれなりにアップしていった。


話を派遣会社の面接に戻す。
このとき『スタッフバンク』さんでの面接は仕事内容に副ったものだった。
主にパソコンの入力作業の仕事であったから、簡単ではあるものの入力テストみたいなこともやらされて、終了。無事面接に受かって、仕事をすることとなった。


ちなみにこのときの仕事は主にテンキー(主にキーボードの右側にある数字を入力するキー)を打つ作業で、伝票にある、重さや個数、金額などを入力していく。
枚数は伝票の種類によって違いはあるが、一束約200枚〜500枚を何束も朝まで入力。
オイラの場合、一束終わらせるのにだいたい10分程度かかって、ほぼ平均的な早さだったけど、すごいヤツはいるもので、5分もかからず終わらせる凄腕(指?)も人も何人かいた。。

この仕事のおかげで、テンキーはそれなりに早く打てるようになった。グッド


クリスタ○の派遣のお仕事

派遣以外の面接が全滅し、気がすすまなかったけど、派遣会社を通した仕事のための面接に行きました。
面接担当の若者と、話すと『派遣とはこういうものなのか・・』と実感した。

面接に行く前、求人雑誌を見て、そこには『事務・・・時給○○○円』と書かれて
いて、派遣と書いてあるものの、その内容の仕事にありつくための面接がされるものと思っていた。

ところが、その担当者は『その仕事が紹介できるかどうか分からない』という・・。モゴモゴどんな仕事を紹介できるかは、なんとも言えませんが登録して、いくつか希望する仕事内容などを書いて頂ければ後日紹介するとのこと。。

なんじゃそら・・

ちょっと理不尽な感じはしたけど、とりあえず仕事をしない訳はいなかいし、一応登録。

ただし、問題はいつクリ○タルから仕事の連絡が入るか分からないから、収入の予測がたたないという致命的なデメリットがあるため、結局、他にも仕事を探さなければならなかった。
最終的に自分の希望していた仕事は回って来なかった・・。
そして、連絡は週に1度仕事のメールが届くか届かないかぐらいのペースで、仕事内容も体力系の仕事ばかり。荷物搬入とか。
しかもク○スタルからの仕事は1日限定のものばかり。
4時間、時給900円、荷物搬入作業、交通費500円
仕事の入るペースを考えると月に4,5回程度しかないから、とてもまとまったお金なんて稼げません。

後日、求人雑誌を見返してみると、○リスタルの絡んでいた仕事はかなりの数に上っていた。それ以外にも派遣が絡んでいる求人があって、後日面接にいってみると、ほとんどクリ○タルと変わらなかった・・。

オイラの考えが間違っていたら申し訳ないけど、クリス○ルの場合、求人に食いつきそうな広告を大量にうって、一応登録だけさせる。(もちろん強制ではない)

正直、実際にその求人てあるの?ってこと。


すべての派遣会社がこんな感じではありません。
というのもそうじゃない派遣会社もあったので。
それは後のエントリで書きたいと思います。

ある30過ぎた男の職探し

30歳を過ぎて正社員を辞めてから、それまで貯めてきた貯金も少し乏しくなって、アルバイト探しをしました。
今から十数年前、学生時代だったころはアルバイトはほとんど希望する職につくことが出来たのですが、30過ぎたときは違っていました。


まずお決まりの求人誌求人サイトを見ました。十数年まえと違ったのは”派遣”と言う文字がやたらと目に付いたことです。
学生当時のそれらの雑誌(まだネット求人はなかったような気がします)の求人欄には”派遣”というのはごく一部だったように思います。そしてそれらの派遣の仕事は本格的なものばかりで、とても学生をしながら出来る仕事ではなかったように記憶しています。

ところが現在はほとんど”派遣”?と思えるほどの数。
このとき探していたのが、事務職だったから、余計に”派遣”という文字が目立ったのかも知れません。
事務職を希望した理由は、それまでずっと営業職をしてきたこと、そして営業職当時に覚えたパソコンの技術をもう少しスキルアップしたいという気持ちがあったからです。

とりあえず希望する職にチェックをいれて、履歴書の用意をして電話です。
出来るだけ、派遣は後回しにしようとして、派遣以外のところにまず電話して面接へ。。
自宅から遠い場所でも、仕事をなんとかして見つけないという気持ちが強かったから、気持ち引き締めて面接へ。

事務職およびネット関係の仕事ということもあってか、面接する人やその職場で働いているスタッフも若い・・ということが印象的でした。
オイラ以外にも、面接に来ていた人がいましたが、たぶんオイラよりも年下。。

後日、面接の結果を採用の場合知らせるということでしたが、悉く連絡が来ず・・。
スキルが足らないのかなぁ・・。
今までの履歴書だけでも返してくれんかぁとぼやきたくなります。
職探しをしてるときって、面接現場にいく電車賃とか履歴書に貼る写真の料金とか、意外と地味にお金かかるんだよなぁ・・・


派遣以外は全滅だったので、渋々派遣の方へ連絡。
なぜ渋々だったかというと、明確な理由は特にありませんが、なんとなく、中間に派遣会社が入ると、その分給料から差し引かれてしまうようなイメージがあったからです。


どんな感じかなぁと思い面接会場へ・・・・・
続きは後のエントリにて。。。

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